月とカラスと油揚げ

みなさん、こんにちは。mikoです。

前回の記事では、お手紙を書いてみましたが、書き間違えるという失態…

いつもその場の気持ちというか、流れで書いているので、ちゃんと確認しないと誤字脱字があるんだよね。

頭であまり考えすぎないように、その時の自分の感情と、勢い任せで書いてるからそんなことも多い。

誤字脱字を見つけても、それも私の味ということで流していただければ幸いです。

さて、話は変わりますが、明日25日は「中秋の名月」ですね!

ちなみに、本当の満月は27日の午前1時49分らしいです。

私ね、満月になるとなぜか元気になるの!(やっぱりスーパーサイヤ人だったのか)

で、スーパーつながりであれなんだけど…

昨日スーパーに買い物に行ったら、お月見のお菓子がいろいろと売っていました。

ということで今回の、ねえねえ見てみてシリーズ!(勝手にシリーズ化…第3弾ぐらいかな。)

お月様といえば、うさぎちゃん。このうさぎちゃんを見たからには、もう我慢ができない私…

というのも、以前、うさぎちゃんを飼っていたんですね。

飼っていたって言葉の表現は少し違和感も感じますが、一般的な言葉で表現するならば、そういうことになるのかな。

お家に迎え入れた時点で「飼う」というよりは、もう家族の一員になるわけなので、「家族」という表現のほうがしっくりくる。

お家に動物がいる方は、私の言いたいことが分かるんじゃないかなって思います。

うさぎちゃんをお家に迎えてから、うさぎちゃんの何かを見つけるたびに惹かれるようになって、気づくと買っちゃうんだよね。

買いすぎだろって思ったかもしれないけど、意外と日持ちするので、ちょっとずつ味わって美味しくいただこうと思います。

そんなうさぎちゃんも、今はもういないんだけど、10年ぐらいは一緒に過ごすことができたので、長生きではあったのかも。

今でも「私と出逢ってくれて、本当にありがとう!」って、この気持ちは忘れない。

生きものたちとの出逢いってさ、なんか不思議だなって思う。

それはもちろん、人間もそうなんだけど、生きているもの全てにおいて。

私が普段、好んでお迎えしているお花もそうだし、街中にある大きな木や草花、優雅に飛んでいる蝶とか、電線に止まっているカラスとか諸々。

挙げたらきりがないんだけど、お家から一歩外に出ると、そこには必ず生きものがいるわけよ。

自分以外の生きものが、確かにそこには存在していて、それは数秒でもズレがあれば出逢わないかもしれない存在にもなる。

途中でさ、自分が行く目的地を変えたら、出逢うはずが出逢えないってこともあるかもしれない。

ね!そう考えるとさ、とっても不思議じゃない?

だってさ、一生出逢わない存在もこの地球上にいる中で、場所や時間が全く違うのに、何度も会う知り合いとかもいるじゃん。

「なんでこんな場所にいるの?…えっ!?もしかして、GPSでも仕掛けてた?」みたいなことも起きたり。

それは「縁」というものかもしれないけど、言葉では説明しきれないよね。

出逢いがあれば、もちろんお別れも存在していて、命あるものはいずれは死を迎えるわけでさ。

※ここから先、下記の内容は「生と死について」触れているので、苦手な方はスルーしてください。でも私は書きたいから書くけど、別に読まなくてもいいからね!

変な話、自分が幼い頃に出逢ってた人とか、生きものとかはさ、もうこの世に存在してない可能性もあるじゃん。

だからこそって言ったらあれだけど、出逢いから、その命が尽きるまでを共にする存在って、かなり特別だと思うんだよね。

まだ経験したことない人のほうが多いかもしれないけど、そしてそれは苦しさも感じることかもしれないけど…

命が尽きるその瞬間に立ち会うことの奇跡は、他の何ものにも代えがたいと私は思う。

それは例え家族であっても、タイミングがズレてしまい、立ち会えないことだってあるから。

私はさ、ありがたいことにって表現があっているのかは分からないけど…

いろんな偶然が重なって、父、そして愛するうさぎちゃんの命と向き合う時間ができて、その場に立ち会うことができたの。

正直ね、私はドラマとか映画の世界の出来事だって思ってたのね。自分の身に起きるまでは。

自分の身に起きているその時でさえ、これは誰の、何の映像を観せられているんだろうかって。

目の前で見ているのに、信じられないんだよね…

自分がそこで見ているのに、その自分を俯瞰して見ている感覚もあって。

映像のコマ送りのように、スローになる瞬間とかもあって。

でもさ、よく考えてみて。目の前で起きていても信じられないのに、その瞬間に立ち会えなかったとしたら、もっと信じられないんじゃないかなって。

それでも受け入れるまでに時間はかかったけど、命の最期というものを私に教えてくれたこと

経験として与えてもらったことには、本当に感謝してる。

命はいつ尽きるかわからない。だからこそ、私は目の前の、その一つひとつの出逢いを大事にしていきたいって心の底からそう思う。

例えそれが短い時間だとしても、今この瞬間の出来事がこの人の記憶に残るのなら、自分という人間に恥じぬように生きて関わりたいなって。

それは人間に限らずね。大きい小さいに関係なく、そもそも比べるようなものでもないと思うし。

日々の出逢いは特別だと思うから、周りから見たら変な人かもしれないけど

私は出逢った生きものたちに、人間じゃなくても話しかけてるのね。

それでも人並みに恥じらいはあるので、多少…人目は気にしちゃうけど。小声になっちゃうこともある。

あとね、最近はカラスが好きで。世間的には悪いイメージが強いし、実際にヤンチャなところもあるから仕方ないけど。

前ね、面白かったのは、2羽のカラスがゴミをあさってたんだけど

まあ、よくあるあの光景を想像してみて。

ゴミ捨て場にね、油揚げが一袋捨てられていたのね(2枚入りで未開封)

たぶん、賞味期限切れで捨てられてたんだと思うんだけど、最初はそれを2羽で取り合っていて

ケンカになるかなって、しばらく観察してたの。どうなるのか興味があってさ。

そしたら、2枚入っていることに気づいたのか、1枚ずつその油揚げを分けて、口に加えて飛び立っていったの。

あの大きな油揚げが、カラスの口元でパタパタしてたんだよ!めっちゃ運びづらそうにしてて。

あれは衝撃的瞬間だったね!今思うと、写真を撮っておけば良かったなって、少し残念な気持ちです…

みなさんにも、空飛ぶ油揚げを見てほしかったな。

でもさ、あれはどうなのかな?胃もたれしないのかなって心配になるよね。

そういうミラクルを起こしちゃうところも、私は好きではあるんだけど、好きなのにはもう一つ理由があるの。

知らない場所に行くときに、今は便利なことにスマホのマップを見れば

目的地にたどり着くと思うんだけど、そのマップが変になっちゃうことも時々あって。

マップに嫌われているのか分らないんだけど、そうなると真逆の道を進んでしまうことも多々ありまして…

要するに、方向音痴っぽいところもあるのね。認めたくはないんだけど…少しあるの。

で、そんなときに、これは偶然って言われたらそれまでなんだけど、何度かカラスが助けてくれていて。

………

私「…なんでまた、ぐるぐるぐるぐる!(苛立ちながら、意味もないのにスマホを回す…)」

カラス「お前、また迷ってんのか?」

私「えっ!?…今、なんか言った?ちょっと、うるさい。」

カラス「だ!か!ら!お前はいつも真逆を行ってんだよ!こっちだって行ってんだろ!」

私「あ…ごめん、そういうことか。そっちの道ってことね!うるさいとか言って、ごめんね。」

カラス「まあ、わかったならいいけど。気を付けろよ!」

私「ほんと助かった。ありがとう!」みたいな。

実際は鳴いてるだけだよ。でも、そんな風に言ってる気がしてカラスのいる道を進むと、目的地に到着できるんだよね。

ね、カラスって優しいでしょ!少なくとも、私は何度かそれで助けられてるから、憎めないいい奴なの。

信じるか信じないかは、あなた次第だけどね。私はそう信じてる。

だからね、もし道に迷うことがあったら「カラスさん、どっちに行けばいい?」って聞いてみて。

私はカラスもお友達だと思っているから、これを最後まで読んだあなたは、きっとカラスさんが助けてくれると思うよ。

たまには、こういう不思議な話も信じてみてもいいんじゃないかな、なんてね。

さて、そんな今日におすすめな曲は、不思議な力を信じてみようということで

B’zさんの「ミエナイチカラ~INVISIBLE ONE~」

小学生の頃に好きだったアニメ「地獄先生ぬ~べ~」のエンディングテーマ

あんな先生がいたら、毎日楽しいだろうなって思ってたな。

今日は重めのテーマの話もしちゃったけど、それでも最後まで読んでくれてありがとうございます。

それでは、また次の記事でお会いしましょう!

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