夜風の記憶

みなさん、こんにちは。mikoです。

10月に入りましたね!天気は少し荒れ模様ですが…

なんだかんだで、去年よりは秋を感じている今日この頃です。

みなさんは、いかがお過ごしでしょうか?

私はなんかね、急に夜風にあたりたい気分の日が増えつつあるの。

秋の夜風って気持ちいいんだよね。癒されるというか。

そして最近、夜型人間になってきている…午前3時ぐらいまで起きてるんだよね。

まあ、今はそういうリズムなのかなって思うことにして、自然に戻るまでは無理やり生活リズムを整えなくてもいいかなって、気楽には考えてるけど。

それでね、そういえば夜が好きな時期もあったなって思い出してね…

だからね、今日はそんな頃の私のお話しでもしようかなって思います。

それは、私が15歳~18歳ぐらいまでの時代のお話しです。ちなみにこれは、実話です。

なぜ急に書こうと思ったのかは分からないんだけど、同じように悩んでいる誰かがこれを読んで、少しでも気が楽になるような、なにかのヒントになればいいかなって思って。

あまり詳細に書くつもりはないんだけど、書ける範囲でお伝えします。

最初のきっかけは、高校受験の失敗だった。

人生で初めての挫折というのかな。

まあ、自分の偏差値で確実に入れる高校を選べば良かったのかもしれないんだけど、高望みをしてしまったんですね…

勉強をしていなかったわけではないけど、それでも足りてなかったんだと思う。

他の高校も受けて、そっちは受かっていたから行こうと思えば行けたんだけど、家の経済状況的に行きたいとは言えなかった。

私はそのとき、自分を責めるしかなかった。逃げ場はどこにもなかったし、自分を擁護してくれる存在も…正直感じなかった。

自分が失敗したんだから、自分でなんとかしないとって思ったんだよね。当然といえば当然かもしれない。

けどね、まだ子どもだったし、今思えば…もっと甘えたかったなって、頼れる存在がほしかったなってのが本心。

その後もまあ…いろいろあったんだけど、最終的に私が決断したのは、4年制の夜間高校に通うことだった。

そして、なにか起きるときって立て続けに起きるんだよね。不思議なんだけどさ。

経済状況もだけど、家庭環境も最悪な状況になったのね…原因はというと、自由奔放な父にあるんだけど。

大人になった今だからこそ思うのは、父もひとりの人間だったから、社会でのいろんなストレスとかあったのかもしれないなって。

で、毎晩のように父と母の話し合いが始まるのね(よくいえば、話し合い…)

その話し合いがね、もうね…耐えられないのよ。狭い家だったから、逃げ場もないし外に出るしかなかったんだよね。

兄はどう思ってたのか知らないけど、同じく家にはいたくなかったみたいで、気づいたらいつもいなかったから、その頃の私からすると、家族のようで家族じゃない人って感覚だったな。

あとはそのとき、中学生になる妹がいたんだけど、親がそんな状況だからさ、もちろん子どもも荒れるわけですよ。

でね、本人が覚えているかは聞いたことないんだけど、そんな日々が続く毎日に限界がきたんだろうね…私にSOSを出してきたの。

それで私は、また一つ決意をします。「私がこの子を絶対に守る」って。

これは…さすがにこの子も一緒に連れ出さないとヤバイなってなり、そこからほぼ毎日、夜の街に繰り出すという生活が始まります。

とはいっても、悪いことは一切してないよ。カラオケルームに、住み着いていたぐらいかな…

そのとき、唯一の救いだったのが、自分が昼間に働いていたこと。働いてたからお金があったんだよね。

これも運命なのか…自分が夜間高校に通うことになったからこそ、みっちりバイトできてたわけだし、あるいみ奇跡だなって思う。

出歩いている時間がね、年齢的には補導されてしまう時間帯だったんけど、ありがたいことに大人びていたのでバレなかった。

いや…バレてたかもだけど、あの時代はゆるかったから許されたのかもしれない。

中学生の妹を連れまわしてたわけだから、今考えるとだいぶアウトだよね…

もう昔の話だから、おまわりさんもきっと許してくれるはずだけど。それに、避難してたようなもんだし。

最初のうちは、朝働いてから夕方に学校に行き、その後からまた夜のお出かけコースで、明け方に家に帰るを繰り返してた。

夜空を見上げながら歩くのがいつの間にか習慣になっていて、明け方は人もほぼいなくて、空気がまだ穢れてない感じがあって、なんか好きな時間だった。

そんな生活をしているとさ…だんだん、学校に行くことへの優先順位が低くなってくるのね。

それでね、学校で学ぶことの意味が分からなくなって、もうやめようかなって思った時期もあった。4年制だったから、1年長かったし。

あとは、夜間学校っていろんな人間が集結してるのね。年齢もそうだけど、それぞれいろんな事情を抱えて通ってる人たちがほとんどで。

なかなかできない環境下での経験はできたのかもだけど、あの環境はなんと表現すればいいのかな…

もちろん、みんなそれぞれが頑張って生きてるんだけど、前を進んで歩いているのに、そこには光が差さなくて、大きな見えない何かに出口をふさがれているような感じがずっとあってさ。

青春と呼べるような華やかさは正直ないし、全日制vs定時制みたいな差別的な雰囲気もかなりあって。

これはいつ報われるんだろうかみたいな…実際、友達も辞めて行っちゃうしさ。

でも、ここで辞めたらなんか負けな気がして、だから最後まで頑張って卒業はした。

あのとき卒業して良かったなって今では思える。そうじゃなきゃ、先生にはなれてないからね。

自分が歩んできた道を他の人が同じようには歩めないと思うし、乗り越えられるようなものではないと思うから、あのときは辛かったけど、今はそれがあったからこうやって誰かに伝えることもできる。

人生にはさ、いろんなことが起きると思うんだけど、私はね、別に自慢するつもりはないけど、たぶん普通の人ができない経験をいろいろさせてもらったというか…

正直さ、1回起きればもう十分じゃん。でも、違うパターンで「はい、じゃあ次はこれです!」みたいになんどかきたのね。

で、今回のはその最終段階みたいな…これで、最終形態がようやく完成するっていう感じかな。

知ってる?フリーザの最終形態。かなりヤバいからね!最強だからね!!戦闘力はんぱないからね!!!

…なんども起きるとさ、だんだん驚かなくもなってくるんだよね。私に乗り越えられないものはないってさ。正直、またかよって腹も立つんだけど、受け入れるしかない自分もいる。

自分でいうのもあれだけどさ、なんだかんだで、私は結構、強いと思うのね!限界を迎えても、そのままで終わらせたくないって思っちゃうの。そこはちょっと悟空っぽいんだけど。

あ、でもみんなはフリーザにならなくていいし、悟空にもならなくていいんだからね!これは、私の場合の話をしているだけだから。

もし、これを読んでいるのが少年、少女だとしたら、助けてくれる大人もいると思うから、あなたたちはちゃんと周りに頼って甘えてね!

私の時代よりは、子どもたちをサポートしてくれる機関も多くはなってると思うし。

とはいえ、ろくな大人がいないって言われたら、「まあ…そうだよね。」としか言えないんだけど…

私もあの頃は、大人が全て敵に見えてたからな…そういう時期ってあるよね。

最悪、頼るところが無ければ、ここにもお問い合わせフォームはあるので、私に送ってくれればどこかしらに繋げる努力はさせてもらうけど。

こんな変な大人もいるし、まだ未来に希望をもって生きているので、みんなもきっと大丈夫!!

なんの根拠もないだろうって、どこかの誰かは言うかもしれないけれど

根拠がないのなら、現実で示せばいいだけだと私は思う。

…なんか急に、名言っぽくなってしまったところで、今日のお話しはおしまい。

家庭内の事情を暴露したから、バレたら怒られそうな気もするけど…

今が一番っていったらあれなんだけど、家族らしい関係性を築くことができたからこそ言えるというか、こんな時代があったから、乗り越えたからこその家族のカタチがある。

だいぶ稀なパターンだとは思うんだけど、今はみんながお互いを想い合っているのがわかる。

今の私にとって、とても大切な存在になっていることは確か。昔の自分に教えてあげたいぐらい。

さて、そんな今日の気分にぴったりな曲は

福山雅治さんの「泣いたりしないで」

この曲ももちろん好きなんだけど、この曲のMVの絵が好きなの。

とっても素敵なので、映像と合わせて聴いてみてください♪

今日も最後まで読んでくれて、ありがとうございます。

それでは、また次の記事でお会いしましょう!

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